あの男が帰ってきたぞー!
2010年代の日本のインディーロックシーンを、文字通り猫のようにするりと駆け抜けていった伝説のロックバンド「シャムキャッツ」。2020年の電撃解散の衝撃と戸惑いは、1年半近く経った今でも記憶に残っている。
解散後のメンバーの動向ついて簡潔に書くと、バンドのフロントマン夏目知幸以外の3人は、自主レーベル「TETRA RECORDS」の運営を通してシーンを裏から支える存在となった。
一方で夏目はコラージュアートや映画評など、音楽に限らず様々なカルチャーに触れながら独自の道を突き進み始める。しかし新たにバンドを始めたり曲を出したりすることはなく、元気でいることを嬉しく思いつつ少しだけヤキモキするような状況が続いていた。
しかし2021年12月、状況は一変する。
夏目知幸が突如ソロアーティスト「Summer Eye」として活動することを発表。驚きと喜びの声が入り混じる中、間髪入れずにシングル『人生』を配信リリース。1年半の沈黙を破り再び音楽と向き合い始めたことを高らかに宣言したのだ。
前述の通り音楽以外の活動はしていたため、決して時計が止まっていたわけではない。しかし「バンドを手放さないと見えなかった景色」をついに音楽を通じて発信しはじめたことは間違い無く大きな動きであり、筆者含むファンの誰もが望んでいたことだ.
そんなこんなでリリースされた『人生』は、なんとも大仰なタイトルのわりに妙にのほほんとした雰囲気の1曲だ。《マジ愛してる》なんてラフな呟きと《荒れる波に船を出せ》という力強いメッセージが混じり合う良い意味で脈絡の無い歌詞、そしてDIY感溢れるサウンドが曲の自由度の高さに拍車をかける。1人の少年が自分だけの遊び場で好き勝手楽しんでいるような微笑ましさを感じた。
撮影完了から公開まで1日足らずで作ったというMVも、曲の空気感をよく表している。海をバックに文字通りわちゃわちゃする夏目知幸。
その姿を見た時、シャムキャッツの名曲『渚』が頭に浮かんだ。2014年にリリースされ、シャムキャッツの人気を押し上げた重要な作品である。
そこから連鎖的に同名のタイトルを冠するスピッツの代表曲『渚』についてのあるエピソードを思い出した。
草野マサムネは『渚』の歌詞を作るにあたり、「渚は陸海空のどれでもなく、しかしその全てが関係しているエリア」という言葉からヒントを得たという(Wikipediaより)。渚が持つどこにも属さない曖昧さに神秘性を感じたということらしい。
話をシャムキャッツに戻すと、彼らはいつだって「安住」を求めず、まさに草野マサムネが聞いた「曖昧な空間」としての「渚」を求めていたように思う。アルバムによって音楽性や制作環境などを少しずつ変えてきたことがその表れだ。
一方で常に変化を求めながらも、4人は「バンド」という枠を飛び出すことはなかった。それがメンバー間の信頼関係の証であり、シャムキャッツの良さだったことは間違いない。しかしその状態が続けば続くほど、本人たちにとっては少し窮屈な部分もあったのかもしれないと今更になって感じる。
『人生』を聴き、「渚」について思いを巡らしたとき、夏目知幸がシャムキャッツを一度終わらせた理由がなんとなくわかったような気がした。
「バンドというフォーマットを捨て去るべき」という解散時のメッセージ通り「バンドマン」の枠を越え、真の自由を手に入れた彼の心は今、かつて歌っていた「渚」にようやく辿り着けたのではないだろうか。『人生』という直球なタイトルをつけられたのも、その充実感を象徴しているようだ。
長い旅の末に見つけた、どこにも属さない「渚」という空間から、彼は今後どんな音楽を生み出していくのか。おそらくマイペースに続くであろうその活動を、のんびり見守りたい。そしていつの日か再びシャムキャッツの4人が『渚』を鳴らしてくれる日が来れば…というのは少し気が早いか…
何はともあれ、おかえりなさい!待ってたよ!